「茫々録・鶏肋抄」


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096『懐かしの 壇ノ浦夜合戦記 T』
2009/04/30 15:24

前の「性の不安と惧れ‥」でお話したように 私は中学生のときに、我が家に下宿する大学生の 猥ノートの「壇ノ浦夜合戦記」を盗み読みしながら、便所で訳も判らず勃ったマラを揉み立て、始めての精通を体験しました。(続く)

(承前)しかし当時はコピーもままならず 結局‥繰り返し読んでお仕舞いでしたが、今思い返してみると 大分砕いて創作した部分が這入っていたようです。今回‥原文の読み下し文を読み直して 判ったのですが、元々は漢文で書かれ 巷説で頼山陽の作あるいは塙保己一の作と言われるだけあって、中々に文章の香気高く しかも私が読んだノートに比べ、その性描写の細かく具体的なことには一驚しました。出来れば原文の 「壇ノ浦夜合戦記(全):http://www.din.or.jp/~sigma/ehon/dannoura.html」を、ご一読されることを お勧め致します。

ところで「壇ノ浦夜合戦記」は 源義経と平安時代末期の高倉天皇の中宮、安徳天皇の国母(元 平清盛の次女の)建礼門院梹qの 情事を描いたものです。
あらすじは 壇ノ浦の合戦の際に、心ならずも命長らえた平徳子を慰めるべく、義経が酒宴を開き 家臣や女官たちに酒を振る舞います。その後、義経は徳子と二人切りになると あの手この手を駆使して情事に持ち込むことに成功するのです。

「壇ノ浦夜合戦記(全)」は七段構成で 次の文章で始まります。
(注)旧仮名遣いを新仮名遣いに改め、漢字の一部を判り易いものに変更したほかは原文のままです。

「1弁慶生涯の一房事」。
 平軍ことごとく潰ゆ。源廷尉(義経)、すでに乗輿(天子)のあるところを知り、軍を合わせてとく攻む。
 知盛すなわち帝船に赴く。諸嬪(官女)迎えて様を問う。知盛笑うて曰く。「卿等、まさに東国の男子(源氏軍)をみるべきのみ」と。
 一船、皆哭す。すでに時子帝(安徳天皇)を抱き海に投じて死す。皇太后(建礼門院)また続いて投ず。東兵鉤してこれを獲たり。諸嬪をあわせて廷尉の艦に致す。太后悲泣す。(後略)

《ここは 平氏の壇ノ浦敗戦の導入で、安徳天皇の入水後 建礼門院も海に身を投げるが、兵士の鉤で引っ掛けて助けられ 義経の船に連れて行かれ、建礼門院が嘆き悲しんだ‥と云うところである。》

《[この後 徳子(建礼門院)と一発オマンコをヤリたい義経は、徳子の前に郎党を集めて酒盛り・乱舞するが 徳子は怏々として愉しま無い。そこで義経は 郎党の面々に女を宛行い別室に引き取らせ、一人弁慶に隣の部屋での 媾合を仕組ませ、その声を徳子に聞かせる。ところが弁慶の相手の女が あまりにヨガり、「あなたのモノは七つ道具並みよ‥イクゥ!」と ヨガるので弁慶も気分を出し、「お前の 一つの道具にゃぁ敵わないよ‥」と云い 鼻息奔雷の如く気息烈風の如し、忽ち大喝一声して已む=dつまりイクのである。そして弁慶は 「これは後を挽くからああ過てリ、再び用うるべからず≠ニ もう一生オマンコをし無いことを誓うのである。》

《この後 「2廷尉の膝に寄る太后幸甚を知らず]では、嘆く徳子を義経が慰め 酒を勧めるが呑もうとせず、義経が手を取って酒を強いると 徳子は「私は先帝の母だよ、私を辱めるのか‥」と怒る。そこで義経は 自分の母の常盤御前の例を引き、「仰る通りであるが その母だって、情況が迫れば お父さんの清盛に身を任せたじゃぁないですか、そんな 固いことを云わ無いで‥」と口説いて、「心初めて動き、恍然としてしばしば睨視し、言わんと欲してまた恥じ、低頭す。」となる。》

《そして徳子も 少し義経の人柄を信じて、「桜花春暖かにして朱脣笑みを含み、柳条風柔かにして美目眸を凝らす。太后面を背け左袖に紅頬をおおい、右手に几上のむしろを撫す。廷尉曰く。「知らずんば、すなわち、かくのごとし」と。すなわちその手を握り、あるいは強くあるいは柔かなり。太后全面を袖蔽し、少しくこれに応ず。廷尉几を擁し斜めにこれを曳く。太后嫋々倒れんとし、転じて廷尉の膝に寄る。メカズラの松柏に堪え、朝顔の籬に寄るに似たり。霊髪香を放ち錦袖粲として芬芳を浮ぶ.。」と 打ち解けるのだ。》

「3義経の治術魂魄ひとり宇宙に恍惚」
 艶言花のごとく心たちまち揺らめき、春酒飴のごとく、はらわたすでに柔らかなり。実に遠くして近きは男女の情なり。太后、すでに廷尉の膝による。廷尉、顔を合わせ唇を接す。太后、少し舌尖を出せども、胸悸戦慄なすところを知らず。
 廷尉曰く。「何のゆえぞ」
 太后言わず。廷尉曰く。「ことさらに処女の態を学んで義経を弄するか」
 太后静かに言って曰く。「自ら禁ずるあたわざるのみ」と。
 廷尉曰く。「義経に治術あり」
 すなわち右手を脇より、左手を肩より入れしめ、しこうして廷尉また左手を襟に右手を帯にはさみ、力を合わせて相擁すること多し。太后震慄なおいまだ治せず。
 廷尉曰く。「別手あり」すなわち右手を転じて緋の袴を解き、肌衣を排して腰衣をうがち、指頭わずかに股間におよぶ。春草まだらにして軟らかなり。
 太后脚をしぼり、股を閉ざし、あえて奥を許さず。廷尉曰く。
「何故ぞ」太后密声して曰く。
「ただ恥多きのみ」
廷尉曰く。「すでにここに至れり。何すれぞさらに恥じていずれのときにか期せんとする。なおしからずんばかくのごとくせんのみ」と。
 すなわち軟草を抜く。太后曰く。「ああ、痛し。憎むべきのみ」
 股を少し解く。廷尉力索し、初めて桃源郷を得たり。心に温柔を感じて静かに中指頭をともし、緩く玉門をあがくことしばしば。ついに伝えて玉心をめぐらす。玉心軟らかくして凝脂のごとし。太后身を縮め、面を廷尉の胸にあて、耳たぶを染むること赤うして鶏冠に似たり。

 廷尉すなわち双指を弄し、ついに玉心を探って銜珠(かんじゅ)を拾う。太后鼻息やや高く、呼吸ようやく疾し。身を悶えて膝位にたえず、相擁して前に倒れる。
 太后仰臥し、廷尉ななめにその胸に乗り、双指なお玉心にありてますますその術を尽す。太后額をしかめ、左手を転じて廷尉の手首を力握し、急にとどめて曰く。「ああ、やめよ。指をもってするなかれ。ああ、ほとんど堪え難し。我、先帝に侍するといえども、いまだ身を交えずしてここに至りしことなし。知らず廷尉ひとり我を一指頭に玩殺し、もって錦旗の誓いを欺くか。ああ、それ指をやめよ」
 廷尉笑うて曰く。「先帝九重にありて世間に下らず。齢若くして崩ず。何ぞこの巧みを得んや。故をもって太后またその美をひとり知らざるのみ。義経に奇術数手あり。太后安んじて快を受くべし。錦旗の誓いは後、必ず錦旗の上にて試むべし。太后決して疑うことなかれ。ただそれ義経のなすところに従うべし」と。

 すなわち左手に太后の衿を扼し、首をもたげて顔を合わす。太后耳たぶ火のごとく、唇を合すれば舌初めて長し。廷尉恐るるありて舌に換え、交うるに唇をもってす。すなわち太后の下唇廷尉の口裡にありて廷尉の上唇太后の舌頭に上り、相吸い相噛む。
 太后すでに熟せんとして未だまっとうからず。まさに蕩せんとしていまだ尽るに至らず。魂魄ひとり宇宙に恍惚として虚空に飛び、身のおくところを知らず。左手を挙げてさらに廷尉を勾双し、脚を絡めて十指を屈めたり。
 廷尉勢いに乗じて双指を張り、曲直回旋浅深緩急、玉心を抄すること多し。太后気してまた太息することしばしば。ついに眉間を集めて叫号大声して恥を忘るるとき、宝縫綻び開け、玉液丹鼎に迸り、沸泌として温泉溢る。
 ああ、この夕べは何の夕べぞ。金閨に生まれて万乗の君に配し、天下の母たる尊きに座し、愁眉を開いて一指玩に甘んず。はからざりき生来不覚の純精を東国の男児の掌中に漂わさんとは。実に寿永四年三月二十四日の夜。太后時に齢二十有九。

《ここはもう義経が 直接行動に出る処である。義経がキスをすると 震えて応じないので、「処女のふりなんかするなよ‥」と云い 「そんなんじゃ無くて 震えるのよ」と言われると、お互いに袖口と襟元から肌に‥を入れて、シッカリと抱き合う。それでも震えが止まら無いと見ると義経は、「それじゃぁ‥」と 緋の袴を解き、肌衣を脱がせ腰衣を捲くって、指をッ股座に突っ込み、「まだらにして軟らかな春草」‥つまり陰毛を撫でるのだ。すると徳子が 脚を絞り股を閉ざしどうしても奥を許さ無いので、義経が「どうしてさぁ?‥」と聞くと 「だって 恥ずかしいんだもの‥」と答える。義経が焦れて 徳子の陰毛を数本抜くと、「痛いわよ‥、何するの?‥」と 徳子は股を少し緩める。そこで義経は 漸く‥オマンコに指を突っ込み、中指で膣の中を掻き回して とうとう玉門‥柔らかく凝脂のような子宮に触る。徳子は身を屈め 真っ赤になって義経の胸に顔を当てるので、義経は二本の指をオマンコに挿れたまま 銜珠‥クリトリスを弄くる。そこで「太后鼻息やや高く、呼吸ようやく疾し」となって、身体を膝で支えられ無くなり 二人は抱き合ったまま前に倒れる。仰向けに寝た徳子の胸に 義経は斜めに乗り、尚も二本の指で オマンコを責め続ける。》

《すると徳子は遂に音を上げて 「ヤメテ!‥もう我慢できないわ。指だけでイクなんて 先帝だってし無かったことよ‥」と喚く。義経は 「先帝は 若くて知らなかっただけさ。ここは 私のヤルことに従いなさい‥」と云い、そのまま左手で徳子の首を抱いて 舌を絡める。ここに至って徳子も 漸く長く舌を挿し込んでしゃぶり合い、義経は更に 責める箇所を舌から唇に替えて下唇を咬み、徳子も義経の上唇を咬んで 夢中でヨガる。ここは 原文のままが良い。徳子の‥魂魄ひとり宇宙に恍惚として虚空に飛び、身のおくところを知らず。左手を挙げてさらに廷尉を勾双し、脚を絡めて十指を屈めたり。両脚で義経の胴体を挟み 足首を組んで指先を鉤のように曲げて仰け反る。廷尉‥義経は勢いに乗じて双指を張り、曲直回旋浅深緩急、玉心を抄すること多し。太后‥徳子は気をヤツって、また太息することしばしば。ついに眉間を集めて叫号大声して恥を忘るるとき、宝縫綻び開け、玉液丹鼎に迸り、沸泌として温泉溢る。遂に徳子は長屋の女房と等しく存分に気をヤツって、ダラダラと淫汁を垂れ流してイッたのである。》 (Uへ続く)

カテゴリ:鶏肋抄

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